今日は、2月25日(水)。
普通の月であれば、あと5日、あるいは6日間の余裕があります。
しかし2月は、今年のように閏年でなければ28日まで。
なので、今日を除くと、もう残りは3日しかありません。
ところでみなさん、
・他の月に比べてなぜ2月だけ短いのか?
・うるう年で増えた1日は、なぜ2月に割り振られるのか?
…そんな疑問を感じたことはありませんか。
平年は1年365日だけど、そのままだと季節の進み方と暦のズレが大きくなる。
それを調整するためにうるう年というものを設け、その年だけ、1年は366日となる。
その1日増えた日を、2月に割り当てている…
今まで私は、その程度の認識をしているだけで、
「なぜ2月なのか?」
という疑問を感じたことはありませんでした。
しかし、なぜか今朝突然に、上記の疑問がムクムクと湧き上がってきました。
そこで、ネットを色々ググってみると…
いやー、素晴らしい!
ちゃんと、その疑問に答えてくれているサイトがありました。
それはなんと、『国立天文台』のサイト。
そのサイトでの説明によると、2月だけ28日しかないのも、うるう年に2月の日数が変わるのも、
「古代ローマで使われていた暦では、1年の終わりが2月だったから〜」…
だそうです。
いやー、知りませんでした。
チ○ちゃんから、
「ボーッと生きてんじゃねーよ!」
と叱られそうですね。
国立天文台で説明してくれている詳細を引用すると…
>>>> ここから引用 >>>>
現在私達が使っている暦は、古代ローマの暦が元になっています。
紀元前8世紀頃のローマで使われていたとされる「ロムルス暦 」では、月は10しかなく、農業をしない冬の期間には月日が割り振られていませんでした。
いまの3月から12月にあたる月は、ロムルス暦の時代から存在していますが、いまの1月と2月にあたる月は、当時はまだありませんでした。
古代ローマの王、ヌマ・ポンピリウスが制定したとされる「ヌマ暦 」では、それまで使われていた10の月にIanuarius(英語のJanuary)とFebruarius(英語のFebruary)を追加しました。当時のFebruariusは現在のような「2番目の月」ではなく、一年の最後の月とされていました。
また、ヌマ暦では、それぞれの月の日数は29日か31日でした。これは、古代ローマでは偶数は不吉とされたことなどからだと考えられています。
しかし年末のFebruariusは例外で、28日しかありませんでした。
Februariusは祓いや清めの月であるため、不吉な数でも良いとされていたようです。
ヌマ暦では、1年の日数は355日しかありませんでした。
そのままでは季節と日付がずれていってしまうため、およそ2年に1度「うるう月」を入れていました。
うるう月の調整の際には、年末のFebruariusを23日か24日とし、その翌日から、27日間のうるう月を挿入していました。
しかし、政治的・経済的な混乱や戦争のためか、うるう月が正しく挿入されなかったことにより、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の時代には、暦が季節に比べて2ヶ月以上も進んでしまっていました。
カエサルは暦を改革し、平年を365日、4年に一度のうるう年を366日とする「ユリウス暦 」を制定し、紀元前45年から使い始めました。ユリウス暦では年の始めはIanuariusと定められ、Februariusは「2番目の月」になりました。
また、ヌマ暦で日数が29日だった月は、ユリウス暦では日数が30日か31日に変更になりました。
しかし、Februariusは日数を増やされず、ヌマ暦と同じ28日のままになりました。
これは、Februariusには宗教的な意味合いの強い祭礼が多くあったため、混乱を避けるために日数の変更を避けたためと考えられています。
こうして、それぞれの月の日数が現在と同じになりました。

ユリウス暦では、4年に一度うるう年を入れて1年の長さを調整します。
1年の始まりの月はIanuariusですが、Februariusが「年末」という意識は根強く残っており、カエサルはヌマ暦と同様に、Februariusをうるう年の日数の調整に使うようにしました。
このため現在でも、2月の日数を変えることで、うるう年の日数の調整をおこなっているのです。
ただし当時は、祭礼の日付変更を避けるために、2月24日を2回繰り返していました。
その後、うるう年には2月28日の後に29日を置くというやり方に変わり、現在に至っています。
注:昔の暦については正確にわかっていない部分もあり、まだどの説が正しいとは言い切れませんが、現在有力だと考えられている説を紹介しています。
<<<< ここまで引用 <<<<
そうなんですか…
暦(カレンダー)って、その時代の権力者が制定するほど大切なものだったんですね。
まあ、考えてみれば、農業生産(つまりかつての税)も含めて政治的なイベントは、すべて暦(カレンダー)に基づいて実施されますね。
しかもそれを、季節の移り変わりと同調をさせなければなりません(毎年同じ時期に、税=農作物の徴収を行う必要がある…)。
ただ、どうしても、
「季節と暦が少しずつズレていく」…
という ”天体運行の特性” に伴う問題が発生します。
その問題も解決できる暦(カレンダー)でなければなりません。
古くは天体観測…つまり天文学が、為政者が制定する暦(カレンダー)に直結していた。
その背景を知れば、『国立天文台』が、疑問点の解説ページを設けてくれている理由も、分かる気がします。
古くは、天文学つまり自然科学(物理学の範囲ですかね…)は、暦(カレンダー)に直結していた。
それをあらためて認識した、今朝の私でした。
