今日は、2月18日(水)。
今日は、母の誕生日であり、かつ命日。
去年の投稿にも、そんなことを書いていますね(「同じ日に…」)。
去年は母の7回忌、合わせて曽祖父の50回忌の法要を行う予定でした。
ところが、私が発端となって家族が次々とノロウイルスに感染(「パーティの代償…」)。
このため親戚を招いての法要はできず、家族のみでのお参りとなりました(「ホッと安心…」)。
法要について言えば、今年は父の13回忌の年にあたります。
父の命日は8月6日。
おそらく7月の末に、父の法要を行なってお参りをする予定です。
その際、1年早いのですが祖母の7回忌も合わせて行い(「まだまだ子供…」)、
「昨年できなかった ”親族の方々を招いたお参り” を行いたいな」…
と思っています。
さて、その母について。
母は昭和13年生まれ。
昭和33年の12月、母が二十歳のときに、二歳年上の父と結婚しています。
そして、昭和34年に姉が、昭和37年に私が、それぞれ生まれています。
父と母が結婚のする前のこと。
どうやら父には、祖母(父の母親)の知り合いが準備してくれた縁談話が持ち込まれる寸前だったらしいです。
しかし、父はその縁談にはまったく興味を示さず、何かのイベントで見染めた母に対して猛アタックを開始。
その甲斐あって、結婚する運びになったそうです。
父も、なかなかやりますねぇ。
姉の話によると、母の大切な物を入れていた引き出しには、猛アタックを受けていたときに、母が受け取った父からの手紙が大切にしまってあったそうです…
しかしそんな経緯もあって、祖母(いわゆる姑ですね)は、母に厳しくすることもあった…
ということで、母は祖母との関係で悩むことも少なくなかったようです。
そんな経験をしてきたためでしょうか。
ことあるごとに、母は私に、
「結婚したら、お母さん(姑)ではなく、お嫁さんの味方になってあげなさいね」
と言っていました。
私が結婚して家庭を持って以降、私は、母(姑)と妻(嫁)の間で何かあったときなどに、母の言っていた通りにしてきました。
しかし、私が妻の肩を持つと、母が寂しそうな顔をしていたことも事実。
それをちょっと思い出しました。
正直に言えば、母の肩を持ちたいときも、無かったとは言えません。
それでも、母の言葉に従って、妻の肩を持ってきました。
それが、果たして正しかったのか…
私としては、ちょっと分かりません。
母に厳しいことを言う際も、いつも心の中では、母に対して、
「ごめん」
と謝っている気持ちがあった…
それを思いながら、今日を過ごすことにしたいと思います。
