崩壊…

今日は、2月21日(火)。

昨日もいろいろな準備があって、トレーニングはお休みしました。

 

昨日の投稿(「フェアーに…」)には、私の町内会で開催した町会長・会計選出会議に関して、

・一人暮らしのお年寄りのお宅が、
・誤って町会長候補に選出されてしまったので、
・「抽選(くじ引き)をやり直したい」と提案したところ、
・抽選(くじ引き)で既に候補で無くなった方から異論が出て、
・会議が紛糾した…

ことを書きました。

 

投稿にも書いていますが、既に抽選(くじ引き)を終えて、みごと町会長・会計選出の『候補から外れた方々』が、もう一度、抽選(くじ引き)をやり直すことに反対する気持ちは、私にもよーく分かります。

 

しかし反対された方々は、町会長候補として選出された「一人暮らしの老人」の方が「困るだろうなぁ〜」…という状況を想像し、またそれを自分に準えることで「ちょっと助けてあげるか」という気持ちにはなれなかったんでしょうか。

 

私としては、そこが一番気になるポイントでした。

 

 

・自分は既に抽選(くじ引き)を終えて、面倒臭い役目から解放される権利を得た
・誤って独居老人のお宅が『面倒臭い役目を担う候補』として抽選されたとしても自分に不利益はない
・該当の独居老人のお宅からは何の申し出もなかったらしい
・「再抽選」に反対してゴネても自分には悪い点はない/自分が非難される可能性はない
・つまり誰かが困ったとしても他人事だ…

 

穿った見方かもしれませんが、私には、上記のような心の動きがあるような気がしてなりません。

 

 

ただ、もしそうだとすると、悲しいですし残念なことですが、私たちの町内会は、既にコミュニティーとしては崩壊している…あるいは崩壊しつつあるのかもしれません。

 

 

 

古くは、旧石器時代が終わり時代が縄文に変わったころ。

つまり、日本列島で人々が定住生活を始めたおよそ1万5千年前から、この日本列島では「集落」というコミュニティーを形成して、皆が平等に協力して生きてきました。

 

縄文時代の人々は、色々な作業だけではなく、「誰かが困ったときには助け合う」、そんなコミュニティーを形成していたと言われています。

というのも、縄文時代の遺跡から見つかる道具には人を攻撃する武器は見つかっておらず、埋葬された人からも武器等で攻撃された跡は見つかっていないそうです。

 

しかし弥生時代になると…

人を対象とした武器が登場し、埋葬されている人にも明らかに武器で「○された」痕跡が出てくる。

 

自分の集落を効率的に運営/経営するために上下関係ができる。

そして、自分たちの集落/生活を守るために、他の集落の人を襲って征服する…

 

上記を知ると、「弥生人」はダークな感じで闇落ちしているイメージを持ちます。

しかし、それがその後に「日本」という国を作っていく原動力にもなっているとのこと。

 

「進歩/文明」とはそういうものなのかもしれませんが、ちょっと考えさせられる内容です。

 

 

「日本には、もはやコミュニティーは存在しない」。

社会学者の宮台真司さんは、以前から上記のようなことを、マスコミ/YouTube等で発言されています。

 

「えー、それ、ちょっと言い過ぎじゃない?」

私は、そんな風に思っていました。

しかし、自分の足元を見てびっくり。

私の住んでいる町内会は、残念ですが「まさにその通り」と言わざるを得ない状況でした。

 

 

既に「崩壊」している/しつつあるコミュニティー。

ただ私としては、それを未然に防ぎ、できれば「復興」させたい。

そのために必要なものは…

 

 

そう、「仲間を作って、その輪を広げていく」…

それしか無いのかもしれません。

 

 

チームじゅげむの皆さん。

そしてサツマイモ有志の方々。

その中には、同じコミュニティーの方も多数おられます。

 

今後とも、ぜひよろしく!

フェアーに…

今日は、2月20日(月)。

いよいよ2月も残すところ3分の1。

冬の間のトレーニングで基礎的な持久力をしっかり作りたいと思っていましたが、なんやかんやでトレーニングは途切れがち。

昨日はトレーニングができず、一昨日に実施したきりです。

LSD 67分

 

一昨日のローラートレーニングも、心拍数を意識したLSD。

ただし、意識する心拍数は、140bpm台キープから10ほど上げて、150bpm台キープに。

また、時間も60分から100分に伸ばしてみよう…

そう思っていました。

しかし…

 

60分を経過した時点でトイレに行きたくなり、ちょっとローラーを降りました。

 

「ボトルの水も足して、さあ再開!」

 

そう思ってローラーを再開しました。

ところが一旦中断したことが原因なのか、スピードセンサーは認識しているようですが、ガーミンの画面に表示されるスピードが「0.1〜1.5 km/h」…と、あり得ない数値。

それを見た途端ヤル気が失せてしまい、67分経過時点でクールダウンとなっています。

 

でも意地悪なことに、クールダウンになった途端にスピード表示が正常に戻りました…

 

 

私の心を試しているようなガーミン/スピードセンサーの動作。

神様がいるかどうかはわかりませんが、せっかくやる気を出してトレーニングしているんですから、もっとフェアーに評価してほしい…

そう思わずにはいられませんでした。

 

 

 

さて、フェアー繋がりで。

 

このところトレーニングを行う時間が取れないのは、町内会に関する作業が重なっていたためでした。

 

今年度を締める総会のための資料準備。

今年度の決算のまとめ、来年度の予算案の検討。

そして、来年度の町会長・会計の選出。

 

最後の「町会長・会計の選出」。

これも大きな問題です。

 

町内会の役員等の選出については、それぞれの町内会ごとにいろいろなルールがあると思います。

私たちの町内会では、全体を4つのブロックに分け、そのブロックの輪番で町会長・会計を選出するルールとなっています。

そして、当番のブロック内で「自ら引き受けてくれる方」がいないときは、抽選(くじ引き)で、まずは町会長・会計の候補者3名をそれぞれ選出することになっています。

(それぞれの候補者3名が決まったら、その会議の場で町会長・会計を決めるべく3名の方々で相談してもらうことになります)

 

実は、昨日はその「町会長・会計選出会議」があり、まあ、やっぱりですが、町会長・会計候補者を選出する抽選(くじ引き)を行いました。

ところが…

 

抽選(くじ引き)を行う際、一人暮らしの老人のお宅など、町会長・会計を務めていただくことが事実上難しいお宅については、あらかじめ抽選の対象から外すようにするのが、これまでの通例です。

自ら申告する方もいれば、班長さんがそれを把握して、抽選から除外することもあります。

ところが、ある班長さんは班内のことをあまり把握していなかったようで、事前に「独居老人である」等の個別事情がこちらに伝わらず、誤って高齢の単身者(女性)の方が、「欠席者として抽選の対象として入っている」まま抽選が行われ、その結果、その方が町会長候補として選出されていました。

 

それに途中で気づき、すでに抽選で対象外になった方(ハズレくじを引いた方)を含めて、「再度、抽選(くじ引き)をやり直したい」と伝えました。

 

しかし、その途端に会議は紛糾。

 

「それはおかしい!」

「もうくじを引いてハズレだったんだ!」

「私はくじの引き直しはしない!」

「高齢の方を含めて、話し合いをしてもらえばいい!」

 

 

うーん…

まあ気持ちは分からないではありません。

会議に来られた方々は、「できれば町会長・会計をやりたくない」…と思っている方々なんですから。

 

ただそれでも、明らかに除外の対象となるべき人が入ったまま抽選を行うのは「フェアーではない」というのが私の感覚です。

「どうせ抽選(くじ引き)をするならフェアーにやりましょうよ」…

そう問いかけましたが、それに合意はいただけませんでした。

 

 

抽選(くじ引き)での候補者3名が決定し、その方々で話し合ってもらうことで選出会議は終了。

しかし、人間の「ドロドロした面」を見たようで、私の気持ちはブルー。

 

ちょっと状況は違いますが、

・大きな災害が発生し、
・地域のみんなが避難所等で避難生活をしている状況で、
・自分の権利だけを声高に主張して、
・周りの人たちのことに配慮していない人

…という、ちょっと残念な方の様子が、私には重なって見えました。

  

 

今日は週の初めの月曜日。

沈んだ気持ちを切り替えて、前向きに行きますか。

またまた白い…

今日は、2月16日(木)。

雪が雨に変わる「雨水(うすい)」も近いというのに、昨日から今朝にかけて、金沢ではまたまた白い雪が降りました。

またまた雪が…

 

田んぼの雪がとけ、全面に土が見えていたものが、昨日から降った雪で辺りは真っ白な景色に一変。

 

昨日の夕方の積雪は10cm程度でしたが、いちおう雪かきをすることにしました。

時間にして1時間強。

 

たっぷり汗をかき、「ちょうどいいウォーミングアップになった」…

ということで、その後すぐに ローラートレーニングも実行。

LSD 60分

 

「よし、今日は時間を伸ばして、LSD 80分にしてみよう」…

 

その意気込みは良かったのですが、思いのほか雪かきを行ったことによる足/腰へのダメージが大きく、結局60分で終了としています。

 

60分ではありますが、その前の雪かき1時間もあるので、脂肪燃焼は十分できています。

 

ということで、

「多少食べ過ぎてもOKなんじゃないか?」

と、少々体を甘やかしてしまう結果となりました…

 

これが、ダメなんですよね、ホントに。 

 

 

追伸

たっぷり脂肪燃焼ができた…

はずだったのですが、今朝体重を測ってみると、なんと昨日より0.5kg増えています。

私の体、どうなっているのでしょうか?

 

 

まあ、お酒をちょっと多めに飲んでしまったので、つまみも少々多め…

これが元凶なんですね、きっと。

 

あー、「69kg」は遠い…

バーン…

今日は2月15日(水)。

2月も、もう半分が過ぎてしまいました。

 

このところ、仕事の資料整理・作成の他に、町会の資料作成もあって、トレーニングがまったくできていな日々を過ごしていました。

トレーニングができていないにもかかわらず種々の打ち合わせ・会合があり、これまた鯨飲馬食の日々。

そんな節操の無い毎日を過ごしていたおかげで、体重はなんと78.5kgに増加。

 

目標としている体重「65kg」に対して、10kg以上のオーバー。

目標体重は無理にしても、ハルヒルの5月までにせめて「69kg」まで落としたいところ。

 

2月中旬から5月中旬まで約3ヶ月。

1ヶ月3kgの減量。

 

「いやー、厳しいなぁ…」

 

 

今週に入り、各種資料整理・作成に目処が付き、ようやくトレーニングの時間が取れるようになりました。

ということで、一昨日 2月13日、昨日 2月14日と、1月18日以来の1ヶ月ぶりとなるローラートレーンングを再開しました。

2月13日 LSD 60分
2月14日 LSD 70分

 

約1ヶ月ぶりのローラートレーニングということもあり、内容はLSD。

LSDの方法も、これまでのように低めのケイデンスを維持して走る…というのではなく、「心拍140bpm台キープ」を意識して走る方法に変更してみました。

 

まずは体重を絞るために、増えてしまった脂肪を燃焼させる「バーン!」が目標です。

2月14日 各ゾーンの時間

 

2月14日に行ったLSDの各ゾーンの時間を見ると、心拍はゾーン3(モデレート)が77%であり、狙ったところに入っているようです。

ゾーン3は、長距離を走るための基礎的な持久力の向上にも効果があると言われています。

 

1ヶ月トレーニングをサボってしまったこともあり、しばらくは…そうですねぇ、2月いっぱい程度は、心拍ゾーン3を意識したローラーを行って、「バーン!」することにします。

そっくり…

一昨日 2月4日(土)は立春。

その4日・5日の二日間は、地域の先輩方ご夫婦4組、そこに私ともう一人の男性の合計10名で、能登一泊旅行に行ってきました。

 

行き先/寄り先は、以下のような感じです。

・富来 てらおか風舎で昼食(能登牛ステーキ重)
・輪島 キリコ会館見学
・七尾 和倉温泉 のと楽で一泊
・穴水 能登ワインのワイナリーを訪問
・松波 松波酒造を訪問
・珠洲 レストラン浜中で昼食(香箱ガニ丼)

もちろん、じゅげむのレンタカーのキャンピングカー(「ようやく…ジャンプ!」)を借りて、全員一緒に移動です。

  

その先輩方ご夫婦ですが、皆さん若い頃から私の両親をよくご存知の方々です。

当然、私のことも(悪さ/イタズラをしていたことも含めて…)子供の頃から知っています。

 

キャンピングカーの中でも宴会状態。

とても楽しい旅行になりました。

 

 

 

さて、その先輩の方々から最近よく言われるのが、「お前は父親にそっくりになってきた」ということ。

元々、声が似ていたのは自分でも認識していました。

私が中学生で声変わりをして以降、家にかかってきた電話に私が出ると、十中八九、父親に間違われました。

 

そこにきて最近は、顔や体つき、あるいは姿勢も似てきたようで、親戚の方々からも「そっくりだ」と言われます。

 

 

ただ、先輩方も親戚の方々も、性格については「まったく違う」と言います。

とくに、ご近所で日頃から顔を合わせる機会が多かった先輩方からは、

「お前は陽気で、どちらかと言えば前向き」

「でもお前の父親は、無口で何を考えているのか分からなかった」

と言われます。

 

この、「何を考えているのか」…という部分は、どちらかと言えば「否定的」なニュアンスで言われることが多いような印象。

 

 

確かに、父親はおしゃべりな方ではありませんでした。

しかし、私の父親に対するイメージは、そんな感じでは無かったですね。

 

私と父親の二人で飲む場面。

あるいは、娘(私の姉)夫婦やその家族との会食の場面。

そんな場面では、今の私と同様、いつも機嫌よく、陽気に飲んで食べていたように思います。

 

 

ちょっと考えてみたのですが…

 

父は小学校の低学年のときに戦争で自分の父親を亡くし、一家は母親(私の祖母)、妹(私の叔母)、祖父(私の曽祖父)の4人となりました。

働き手は母親(私の祖母)一人なので、戦中/戦後はかなり苦労をしたと聞いています。

 

苦労だけではなく、母親(私の祖母)が家族を養っていくことで精一杯だったため、父は自分の考えや思いを通すことができず「我慢する」ことが当たり前だったようです。

そんな「我慢する」ことが日常だった父は、社会に出てからも、変な軋轢(今で言えば、まあ、パワハラなんですかね…)を受ることが多く、それも我慢することが多かった…そう言っていました。

 

根っこの部分は陽気で明るい性格だった父も、「性格が変わった」というのではなく、処世術として「我慢をして余計なことは言わず、無口でいる」ことを選んでいたのではないか…息子の私はそんな風に感じています。

 

 

処世術のお陰で、父は変な軋轢からは逃れることはできたのでしょうが、その副作用として「何を考えているか分からない、仲間にもあまり打ち解けない」というイメージが付いて回ることになってしまった…

 

先輩方にも「いや、父はそんな性格じゃなかったよ」と言って庇ってあげたいところですが、「うーん、ちょっと分かってもらえないかな…」と感じたので、軽く聞き流して済ませました。

 

「ごめん」

両親には、心の中でお詫びをしておきます。