感謝の言葉…

今日は、3月4日(水)。

昨日 3日(火)は、桃の節句のご馳走のはずだったのですが、それは今日の晩ご飯に順延。

それはなぜかというと…

 

そう、昨日は長男の高校の卒業式があったからでした。

 

午前10時からの開式に合わせて、妻と私は9時半少し前に学校へ。

私は、3年前ぶりに着るスーツのズボンのホックが止まらなくて四苦八苦。

結局、ホックを外しベルトで誤魔化すことで急場を凌ぎました…

 

やや腹部に圧迫を感じながら、会場の体育館に並べられたパイプ椅子に座って待つこと30分。

10時少し前になった時点で卒業生の入場があり、拍手で卒業生を迎えます。

卒業生全員が入場した時点で開式の辞があり、開式です。

出席者全員での国歌斉唱ののち、いよいよ卒業証書授与。

1クラスごとに生徒の名前が一人一人呼ばれ、呼ばれた生徒が立っていきます。

そして、最後のクラスの最後の一人が、すべての卒業生を代表して、校長先生から卒業証書を受け取ります。

卒業証書授与が終わったら校長先生からのお言葉、そして来賓の方々の祝辞。

さらに在校生からの送辞、卒業生からの答辞。

卒業生、在校生、教職員の方々の校歌斉唱があり、閉式の辞。

最後は全員の拍手の中、卒業生が退場していきました。

 

 

卒業証書授与式では、校長先生から卒業証書を受け取ったのは、卒業者代表の一人だけ。

しかし、各教室に戻って行われた最後のホームルームでは、担任の先生から生徒一人一人に、卒業証書が手渡されました。

 

長男も、担任の先生から卒業証書を手渡してもらいました。

「本当に、ちゃんと卒業できたんだな」…

それを感じた瞬間でした。

 

 

クラスの生徒全員に卒業証書を手渡した後、担任の先生から生徒に対する花向けの言葉。

その花向けの言葉は、生徒たちよりも、教室の後や廊下で立っている保護者の方々の方が、

「うんうん」…

と頷きながら、真剣に聞いていたように思います。

 

そして、最後のホームルームも終了。

玄関に行って記念撮影。

 

法律上の呼び方でいうと、高校生は ”生徒”。

 

ちなみに、保育園から高校までは、こんな呼び方です。

 ・園児(保育園)
 ・学童(小学校)
 ・生徒(中学校/高校)

 

4月以降、長男は

 ・学生(大学生)

という呼び方に変わります。

 

生徒という言葉の、”従”。これは ”従う” という意味。

なので、生徒という言葉からは、”教えを授けてもらう” というイメージ。

これに対し学生という言葉からは、”自ら学ぶ” というイメージを受けます。

 

長男にも、自立した学生になってほしい…

そう思っています。

 

 

 

さて、実は今日の式典の中で心に残ったのは、式典が終わってから。

体育館から卒業生が退場し、私たちがそのまま椅子に座っていると、おもむろにマイクを握った一人の男性の先生が、保護者が揃っている席の前に立ちました。

とくに自己紹介等はなかったのですが、その先生から以下のお話がありました。

 

 

今朝、いつものように、学校の門のところで立っていると、一人の生徒(卒業生)が近づいてきました。

その生徒は、

「先生、3年間ありがとうございました」

そう言ってくれました。

私は、この言葉が、何より嬉しかった…

保護者の方々には、この先も、お子さんを暖かく見守ってあげるようお願いいたします。

 

 

生徒から感謝の言葉を受けた…というあたりから、先生は涙ぐんで、ちょっと声を詰まらせながらのお話となりました。

お話の内容から、

「おそらく、生徒指導を担当されている先生なんだろうな」

ということが分かりました。

 

長男も(長女と次女も…)そうでしたが、高校の3年間は、心も体も少しずつ大人へと変化/成長していく微妙な時期です。

その中で、ちょっと背伸びした気持ち、あるいは大人との心のすれ違いから、問題行動を起こしてしまうこともある…

担任の先生、それから生徒指導の先生は、そんな彼ら/彼女らに、

「真剣に向き合ってくれていたんだろうな」

そう感じました。

 

一人の人間として、生徒と真剣に向き合ってくれた先生方。

保護者の一人として、それら先生方に深い感謝の気持ちを送った、この日の私でした。

 

 

追伸

保護者として、先生方に深い感謝の気持ちを送ったこの日。

式典から帰ってきた長男は、

「友だちと夕食を食べにいくから、晩ご飯は要らない」…

との言葉を残して出かけていきました。

 

「卒業式、そして桃の節句の日ぐらい、家族と過ごしたらどうなんだ?」…

そう思ってしまった私。

しかし、妻は、

「分かったわ。明日は卒業と桃の節句を兼ねてお祝いをするから、明日は家に居てね」

と笑顔で送り出しました。

 

このとき私は気がついていませんでしたが…

家族のグループLINEには、長男から感謝の言葉/コメントがアップされていました。

どうせ言うんだったら、口に出して、フェイス to フェイスで言えよ。

恥ずかしいかもしれないけどね。

 

 

うーん、そうか…

私も黙って見守ることにしますか。

左か右か…

今日は、3月2日(月)。

昨日 1日(日)は、少し早め(夕方5時半ごろ)に入浴。

お風呂から上がった私は、納戸から雛人形を取り出してリビングの畳コーナーに飾りました。

 

「雛人形を飾った」…

と言っても、男雛(お内裏様)と女雛(お雛様)の二人のみを飾る、いわゆる ”親王飾り”。

 

我が家では、一昨日はフルバージョンでの七段雛飾りでした(「久々に箱から出しました」)。

しかし去年は、親王飾りスタイル(「プチ・パーティ…」)。

今年は親王飾りスタイルを踏襲したうえで、さらに左右の雪洞(ぼんぼり)を飾ることも端折りました。

 

しかしこれは、雛人形を飾る手間を簡略化するためではなく、スペースの都合。

というのも、雛飾りに使っているテーブルが昨年に比べて一回り小さいものに変わったことで、雪洞を飾ろうにもスペースに余裕がなくなったことが原因。

決して、

「片付けてある場所が分からなくなった」

とか、

「出すのが面倒くさかった」

という理由ではありません…

 

 

この日は、まだ桃の節句の日ではありませんでした。

しかし、夕食前に雛人形を飾ったことで、ちょっと気分がアップ。

冷蔵庫で冷やしていた白ワインを開け、妻、次女、私で楽しみました。

 

雛人形を飾ったら、さっそく写真を撮って家族のグループLINEにアップ。

これで群馬にいる長女も、桃の節句の気分を味わえるでしょう。

妻もこの日に合わせて、雛あられ(というか、雛祭りにちなんだお菓子…)を含め大量のお菓子類を、長女に送った模様。

 

一人、群馬で生活している長女。

実家で雛人形を飾った写真、母親から送られてきたお菓子など、ちょっとしたことで家族とのつながりを感じてもらえればいいな…

そう思います。

 

 

さて、雛飾りの男雛(お内裏様)と女雛(お雛様)の位置関係。

これ、どちらが右で、どちらが左に飾るのが正解なのか、皆さんご存知ですかね?

 

実は私、最初は上の写真と逆方向に飾ってしまいました。

 

写した写真をあらためてチェックしているときに、

「あっ、間違えて、逆に並べてた」

ということで、最初の写真の位置関係に直しました。

 

ただ、ニュース映像や色々な写真を見ると、

「左右を間違えて並べられている」

ものも、たまに見受けたりしますよね。

 

なんとこれ、

「どちらでも間違いではない」

ということらしいです。

 

というのも、平安〜江戸のころは、

 ・男雛 向かって右(左側)
 ・女雛 向かって左(右側)

でした。

しかしこれが、明治維新を迎えてから、

 ・男雛 向かって左(右側)
 ・女雛 向かって右(左側)

に変更となったそうです。

 

どうやら、

「地位の上下に伴う位置関係」

を、明治維新の機会に、それまでの日本古来の方式から、西洋の方式に合わせて変更したそうで、それが影響して雛人形の位置も入れ替えることになったそうです。

 

明治政府の影響力が強く及んでいた関東では、ほぼ変更後の並べ方(向かって左 男雛)で揃っています。

対して、平安からの伝統を重んじる京都を中心とした関西では、現在でも変更前の並べ方が多数派(向かって右 男雛)。

いやー、ちょっと知りませんでしたねぇ…

 

 

雛人形における左右の位置関係。

そこにも歴史がある。

それを知った、この日の私でした。

ページをめくる…

今日は、3月1日(日)。

先日お正月を迎えたばかり…と思っていた2026年(「2026 謹賀新年」)。

その2026年も、いよいよ今日から3月。

「少しずつ春が近づいてくる気配を感じる」…

そんな日々を迎えることになります。

 

除雪の雪が山積みとなっていた畑も(「一声かけて…」)

 

…跡形もなくとけてなくなりました。

 

そして、「シマノカレンダー」。

今朝、このカレンダーの1月/2月のページをめくり、3月/4月のページへチェンジ。

 

このカレンダーは、カッコいいロードバイク(レースシーン)の写真1枚に、2ヶ月分のカレンダーが記載されており、1年が6枚の写真でまとめられています。

なので ”ページをめくる” という行為を行うことで、

「月日が2ヶ月進んだんだな」…

ということを明確に認識させてくれます。

 

お正月を迎える1月。

季節が春に変わる3月。

大型連休(ゴールデンウィーク)を迎える5月。

夏休み間近の7月。

その夏休みが終わる9月。

紅葉を迎えると共に、新年まであと2ヶ月となる11月。

そして、また新年の1月を迎える。

 

こんな感じで、2ヶ月ごとに区切りをつけていく感じ。

これが私にとっては、なんとなく良い感じです。

 

 

カレンダーのページをめくる。

その行為を行いながら、心もページもめくる。

そして、新しい季節に向けて区切りをつけていく…

 

春を迎え、ロードバイクシーズンも本番。

「それに向けて、気分を切り替えていくぞ!」

そう思った、今朝の私でした。

締まっていくぞ!…

今日は、2月28日(土)。

今年 2026年は、この日で2月が終わります。

ついこの前始まったと思った2026年でしたが、もう 1/6 が終わってしまうんですねぇ。

いやー、つくづく月日が流れていくのは速い…

そう感じます。

 

この2月に、私の身近で起きたことの中で今思い出せることを書いてみると…

まずは、元豆柴 ”おこげ” の手術(「いやー、分かる〜…」)。

つぎに、飼い犬/飼い主の畑へのフン放置事件(「それ、犯罪ですよ…」)…からの、監視カメラ導入(「試験運用開始…」)。

そして、長男の自動車学校(「誰もが通った…」)。

こんなところでしょうか。

 

一方、世の中では、

衆議院選挙を前にしての、公明、立民の中革連(中道)結党。

つぎに、その選挙での自民党の圧勝/中革連(中道)の惨敗。

そして、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。

うーん、これ以外は思い出せないです。

 

この中でも、冬季オリンピックでのスノーボードとフィギアスケートの日本勢の活躍が印象に残っています。

とくに強く印象に残ったのは、

・フィギアのりくりゅうペア(木原龍一さん/三浦璃来さん)
・男子スノーボード ハーフパイプの平野歩夢さん
・スキー ジャンプ混合団体の高梨沙羅さん

の3人(組)です。

 

皆さんもご存知だったと思いますが、それぞれにこのオリンピックに向けてのストーリーがあった由。

それを知った上での観戦だったので、ちょっと ”グッとくる” ものがありました。

 

 

何だかんだと色々あったようだけれども、その2月も終わってしまう…

これ、私にとってはかなりのインパクト。

「そうか、もう1年の 1/6 が終わるのか」…

 

終わることばかりを書きました。

しかし逆に、明日からは年度の最後、3月が始まります。

とくに何かを意図している訳ではないのですが、年度の締めに向かって、

「よし、締まっていくぞ!」…

そう思った、今朝の私でした。

”とんち” のような…

今日は、2月27日(金)。

今朝、急にある歌が頭に浮かびました。

それは『巨人の星』のオープニング曲、”ゆけゆけ飛雄馬”。

 

🎵思い込んだら 試練の道を

 行くが男のど根性…

 

ところで、なぜこの曲が思い浮かんだのか?

それは…

私の姉の、子供のころのエピソードを思い出したから。

 

実は昨日、姉が訪ねてきました。

その際、父/母の話、祖母の話、お里(母の実家)にお泊まりに行ったときの話…等々、もう50年以上前のことを思い出し、2時間ほど話をしました。

そのことが頭の片隅に残っていて、今朝、ふと姉の子どものころのエピソードが蘇ったのだと思います。

 

 

姉も私も、巨人の星のアニメがリアルタイムで放送されていた年代。

ご多分に漏れず、姉も私も毎週楽しみに巨人の星を見ていました。

 

そのオープニング曲、”ゆけゆけ飛雄馬”。

上に書いた通り、歌い出しの歌詞は、

「思い込んだら」…

なのですが、姉はずっと、

「重いコンダラ」…

だと思っていたようで、あるとき私にこんな質問をしてきました。

 

姉:
”コンダラ” って、何か知っている?

私:
えーっ、何それ、分からない。
でも、それってどこで聞いた言葉?

姉:
巨人の星の歌の最初にあるよ、”コンダラ”。
”重いコンダラ” って…

私:
あー、それ。
でも、違ってるよ。
”重いコンダラ” じゃなくて、”思い込んだら”。

 

この話の後、姉と二人で ”コンダラ” という言葉を言い合いながら、大爆笑したことを思い出しました。

 

朝食を食べながら妻にその話をしていると、妻もこんな話をしてくれました。

妻が小学生のころのこと。

友だちと何かの話をしているときに、石川県知事の名前についての話題になりました。

そのころの石川県知事は、中西陽一氏。

なので、妻の友だちは、

「中西知事」

と言いました。

それを妻は、

「中に七時」

と理解してしまったそうな…

 

それ以降の、妻(小学生)とその友人との会話。

 

友人:
”中西知事” だよね。

妻(小学生):
えっ、”中に七時” ?

友人:
そう、”中西知事”。

妻(小学生):
”中に七時” って何?

友人:
”中西知事” は、”中西知事” !

妻(小学生):
(えーっ…”中に七時” だったら、”外に八時” ?)

 

小学生だった妻は、それ以上、その友だちに、

「”中に七時” とは、何を意味するものなのか」

を聞くことはできなかったそうです…

 

 

文字に書いてしまえば、勘違いすることもありません。

しかし、口から出た言葉を聞いただけだと、複数の解釈ができてしまうこともある…

子どものころに体験した、”とんち” のような面白さ。

それを思い出した、今朝の妻と私でした。