七夕祭り…

今日は、6月22日(土)。

昨日は午前中にお休みをいただいて、草だらけになってしまったサツマイモ畑の草刈りを行いました。

 

こんな状態になってしまった畑。

妻にも手伝ってもらいながら、草刈り機で私が草を刈り、刈った草を妻が45Lのゴミ袋に詰めていきます。

そして、午前中で草刈りができたのは、畑全体の約2/3。

刈った草はゴミ袋にして27袋になりました。

 

↓ 午前中いっぱい草刈りを行った結果がこれです。

  

なかなか綺麗になりました。

 

本当は、23日(日)に「サツマイモ有志の会」のメンバーと一緒に、この草刈りを行う予定でした。

しかし、この週末の金沢の天気予報は雨まじり。

土曜日の夕方から雨が降り出し、草刈り本番の日曜日は一日中雨の予報。

とくに明け方から午前中には強く降るようです。

「これじゃぁ草刈りはできない」…

ということで、晴れのラストチャンスだった昨日21日(金)に草刈りを行うことにしました。

 

 

午前中だけでしたが、先行して草刈りを行ったので、全体の2/3の草刈りは終わりました。

とは言え、まだ1/3(そして、昨日刈った草の一部の片付け…)が残っています。

これについては、日をあらためて「サツマイモ有志の会」メンバーに手伝ってもらいながら、草刈り&片付けを楽しみながら行うことにしたいと思います。

 

 

 

さて、「〜日をあらためて草刈り…」と述べましたが、7月に入って最初の日曜日は7月7日。

そう、その日は「七夕(たなばた)」です。

 

「七夕祭り」は日本各地で開催されますが、有名どろこは3つほど。

その中で、私が行ったことがあるのは、

・仙台の七夕まつり
・平塚の七夕まつり

です。

仙台の七夕まつりは、オートバイのソロツーリングで一度行った(寄った?)ことがあるだけで、ゆっくり見たことはありません。

これに対して平塚の七夕まつりは、私が横浜の会社に就職したこともあって、会社同期の友人たちや同僚などと、一度(一年)だけではなく複数回(複数年)に渡って行って楽しんだことがあります。

 

有名な七夕祭りで言うと、もう一つ

・一宮の七夕まつり

がありますが、残念ながらこの七夕まつりには行ったことがありません。

 

有名ではありませんが、学生時代に高岡の七夕まつりにも行ったことがあるような気がします。

「行ったことがある」と言っても、

「七夕まつりの夜に友人の下宿に集合して、オートバイで峠に走りに行った」

という内容で、七夕がメインではありませんでしたけどね…

 

 

大人になってからの七夕祭りは、

「大きなイベントでたくさんの人が集まる」

という印象があります。

しかし振り返ってみると、自分が保育園から小学校低学年だった頃には、毎年自宅で、ささやかな七夕まつりを行っていました。

 

七夕の前日、父が笹の木をどこからか準備してきます。

七夕当日の夕方、父がそれを玄関先に縛り付けると、母がそこに七夕飾りを飾り付け、姉と私が ”願い事” を書いた短冊を結びます。

 

このときに使っていた七夕飾ですが、これはおそらく両親がどこかで買ってきた「七夕飾りセット」のようなものです。

いつもは箱の中にまとめられていて、種類としては色々なものがありました。

・じゃばらの紙で作った野菜や果物
・何種類かの吹き流し

それらを笹の葉に結んで飾り付けます。

最後に短冊に何かを書いて、これも笹の葉に結びつけます。

 

今、そのようなことを行っている家庭があるかどうかは分かりませんが、子供(私)にとっては、毎年楽しみにしているイベントでした。

その日の夜は、ちょっとしたご馳走…とまではいかなくても、いつもとは違う特別な夕食だったことも、楽しみの一つでした。

昔の人は、季節の移り変わりをうまく生活に取り入れて、子供たちを楽しませる工夫をしていたんですね。

 

 

有名な「七夕まつり」のような大規模なイベントは、もちろんワクワク/ドキドキで楽しいものです。

しかし、自宅で行うちょっとした/落ち着いたイベントでも、私は十分楽しめました。

それに、そんなささやかな七夕祭りの方が、子供たちにも良い思い出として記憶に残のではないか…

そんなことを思いました。

 

「今年の七夕では、自宅で何かやろうかな」…

そう思います。

モチベーションの源泉…その3

今日は、6月20日(木)。

実は昨日、 少し前に富山市に出張した件(「輪行 事始め…その2」)に関し、

「あらためて話し合いを持つ」

ということで、再度富山市に出張をしていました。

このため、やはり帰りは夕方以降となり、トレーニングはお休みとなっています。

 

前回は、当方と先方でお互いの認識の相違を確認し合いました。

また当方(私)としては、

「こちら側の認識が法令に基づく正しい判断だと考えており、そちら側の判断を変更してほしい」

ということも伝えてきました。

 

そして、前回の打ち合わせの翌々日、先方の部署(部署Aとします)の方から電話があり、

「部署Bにも話を通してほしい」

旨の連絡がありました。

今回の打ち合わせはその「部署A」の方からいただいた連絡に基づくもので、あらためて私から「部署B」の方にアポを取って富山市へ出張しました。

ところが…

 

打ち合わせが始まって、まずは私から、あらためて今回の経緯/背景等を説明しました。

打ち合わせには部署Bの方2名の方が出席されていましたが、静かに私の説明を聞いた後、部署Bの上役の方から以下の発言がありました。

 

「今伺った話、そして事前に部署Aから聞いた限りでは、今回の件については部署Aのみが関連し、部署Bは関係しません」

 

「えっ?」

 

それは、私にとってみると衝撃の内容。

部署Aの方からは部署Bにも話をしてくれって言われたぞ。

今の話が本当なら、わざわざ富山市に再出張する必要はないだろ…

話が食い違っているので、打ち合わせの場に部署Aの方も呼んでもらい、この日の打ち合わせに参加してもらうことにしました。

そして、待つこと10分…

 

部署Aの担当者が会議室に到着。

私から、あらためて部署Aの方に

「今回の件について、部署Bは関係しないと言っていますけど、どういうことでしょうか?」

と聞きました。

すると、部署Aの方は、

「ゴニョゴニョゴニョ…」

と、何やら言いにくそうな感じ。

 

私が理解した内容を述べると…

部署Aと部署Bには関連法令についての責任分担に違いがあり、当方(私)が

・関連している「法令の解釈に誤りがあった」と主張するのか
・解釈ではなく「法令適用後の処置に誤り、または抜け/漏れがあった」と主張するのか

により、それが分かれるそうな(前者のケースが部署Aが担当し、後者のケースは部署Bが担当する)。

ちなみに今回当方(私)は、前者の「法令の解釈に誤りがある」と主張していることから、部署Bは関係なく部署Aのみが担当することになる…

ということのようです。

 

うーん、なら、なぜ部署Aの人は、部署Bも巻き込んだのか?

もしかすると部署Aの人は、

・今後私が主張するポイントがブレる
・あるいはいろんな事を引っ張り出してくる

…まあ、悪くいうと

「ゴネるかもしれない」

と思い、その予防線を張ったのかもしれません。

部署A、部署Bの方々は落ちつたい口調で上記の事を話してくれますが、聞いている私はブチ切れる寸前。

この気持ち、皆さん、理解していただけますよね?

 

が、しかし、これはビジネスの話。

「怒ってはいけない、冷静に冷静に…」

という感じで、そのときの私は、自分を抑えるのに必死。

私は笑ってはいましたが腑は煮え繰り返っており、その顔には、きっと怒りが滲み出ていたことでしょうねぇ…

それでも会議室を出て、部署Aそして部署Bの方々に、にこやかに挨拶をして建物から出てきました。

 

いやー、私も大人になった…

そう思いましたね、ホントに。

 

 

気分転換のために、今週末には、ロングライドでもしようかな…

そう思っていると、なんとこの土日のお天気は雨。

今週末は、

「ちょっとついてないなぁ」

という感じになりそうです…

 

 

さて、モチベーションの源泉に関し、再びむぎーさんからLINEが ”ピロン” と届きました。

 

「ご褒美/報酬を目当てにしている姿勢は、子供に悪い影響を与える…という不安はないか?」

 

いやー、痛いところを突かれました。

その通りかもしれません。

 

確かに、

「私自身のこと」

については、”ご褒美がないと頑張れない” のは事実です。

ただ、(口はばったい言い方にはなりますが…)それが

「自分以外の人のため」

であれば、”ご褒美/報酬” を目当てにしてはいません。

子供たちは、そこも見てくれている…

そう信じます。

 

 

今回、いろいろ考えてみた結果、私にとってのモチベーションの源泉は、

「楽しいと感じること」

だと認識できました。

 

ロードバイクに乗ること。

そして仲間とのツーリング等の活動を行うこと。

それらの活動/行為自体を、私は楽しく感じています。

 

そして、レースやロングライドで自分の目標を達成することが、私にとっては ”楽しい”。

その楽しさを得ることを ”ご褒美/報酬” として、本来はやりたくないトレーニングを行う。

もちろん物欲もあるので、新しいロードバイク/パーツも ”ご褒美・報酬” の大きな要素です。

 

私の ”モチベーションの源泉” シリーズ。

今日で完結です。

モチベーションの源泉…その2

今日は、6月19日(水)。

先週の木曜日、またまたトレーニングができていない日々が続いています。

ただ今回は、(本心では、私が「やりたくない/楽しくない」と思っているのですが…)そのトレーニングを避けていたのではありません。

 

先週末は、

・富山市への出張
・いとこ夫婦との温泉旅行
・その旅行の準備

が重なって夕方に時間が取れなかったためでした。

今週に入ってからは、右側の腰がひどく痛み出してしまい、歩くだけで右腰がビリビリするほどでした。

このため、

「少し体を休めよう」

と思いトレーニングを休んでいました。

 

私の古傷に関しては、これまで

・左肩
・右膝(ひざ)
・左脹脛(ふくらはぎ)
・右足首/アキレス腱

について述べてきました。

これに加えて、「右腰」にもウィークポイントがあります。

 

たとえば、長い時間車を運転し続けたときなどは右腰にダメージが出て、そこが ”ダル痛く” なってきます。

これは、20代の頃にオートバイに乗ってツーリングをしている場合でも同じでした。

 

腰が弱い理由は分からないのですが、若い頃からオートバイでの転倒/単独事故などで

「腰を痛めることが多かった」

…ということも、あるいは影響しているかもしれません。

 

 

今日になって腰は少し楽になってきました。

ちょっと様子を見ながら、トレーニングを再開してみようと思います。

 

 

 

さて、むぎーさんから、モチベーションに関してのLINE「第二弾」が届きました。

 

「『辛くてもひたむきに頑張る背中を、子供に見せないといけない』と思って、自分を鼓舞している」

 

なるほど。

むぎーさんのLINEには、上記の言葉の前に、

「ちょっと恥ずかしいけど」…

という言葉がありましたが、まったく恥ずかしくないですよ。

親として立派なことだと思います。

 

おそらくこれは、人の親であれば程度の差はあっても、誰でも思っていることではないでしょうか。

たとえば、私であれば、

・妻/子供に対する自分の対応
・親族/一族郎党に対する自分の対応
・ご近所の方々に対する自分の対応
・町内会活動に対する自分の対応
・地域のボランティア活動に対する自分の対応

など、これらの自分の対応(態度/取り組む姿勢)が、

・常に子供たちに見られていて
・そして私の行動が値踏みされ
・それが将来の子供たち自身の手本になっていく
 (反面教師も含め…)

…と思っています。

 

嫁姑の問題に直面したときに、私としては心を鬼にして、私の母親を悪者にして両親に対峙したこと。

親族の中で孤立しそうなときでも、逃げずに自分が正しいと思うことを進めてきたこと。

苦労は多いけど、サツマイモ有志の会の活動を継続していること。

雪が降ったときは、自宅前だけではなく周囲の道路や通学路になっている歩道も雪かきをしていること。

一人暮らしの老人宅の側溝の泥上げを、町内ボランティアに参加して行っていること…

 

私自身は、それらを口に出して子供たちに言ったことはありませんが、

「何かを感じてくれているんじゃないかな」…

と思っています。

 

うーん、正直に言うと、感じてくれているかどうか分かりません。

ただ私の希望として、

「感じてくれていてほしい」

ということですね。

 

 

自分の行動が子供たちに値踏みされている。

だから、自分の行動が、子供たちのお手本になるようにしないと…

 

そうは思っていますが、自転車/ロードバイク、あるいはトレーニングのことについては、

「痛くなったり辛くなったら、すぐに休むんだから」

と、私は子供たちに思われているかもしれません…

 

ちょっと恥ずかしい気もしますが、やはり私は自分自身のことに関しては、ご褒美/報酬がないと、苦しいことに立ち向かうことが難しいようです。

 

 

追伸

むぎーさんのLINEには、能登半島地震の災害ボランティアについても書かれていました。

 

「石川県から災害ボランティアに参加者する人が少ないそうだ。しゅういちもボランティアに参加してみたらいいんじゃないか?」

 

そうですねぇ

ボランティアに参加しようと、震災後に石川県あるいは金沢市に電話をかけた人が、数多くいました。

私もその一人ですが、それ以外にも、そういう方を何人か知っています。

「とにかく被災地に駆けつけて、片付けの手伝いでもいいから何かお手伝いをしたい…」

私を含めて、皆さん、そう思って電話したと思います。

 

しかし全員、石川県/金沢市からは、

「今は行かないでください」

「軽トラックのボランティアについては、周辺市町在住の方限定です」

という返事を受けました。

それを受け皆さん、現地に行くのを止めました。

私も行くのを止めました。

 

震災発生直後、石川県/金沢市が、

「ボランティアをしたいと思っている方々にかけたブレーキ」

が、今になっても影響している…

私は、そんな気がします。

 

しかし今思い返してみると、そんな言葉に従わず、

・食料や宿泊場所などについてはすべて自己責任として、
・まずは現地に行き、
・とにかく活動すれば良かった…

のかもしれません。

ちょっと後悔をしています。

 

災害ボランティア、あらためて考えてみますか…

とりあえずピナレロ…

今日は、6月3日(月)。

実は一昨日 1日(土)に、妻が使っていたプリンターが

「印刷/コピーができなくなった…」

ということに始まり、買い物やらなんやらでバタバタしてしまいました。

 

プリンターについては、

「壊れてしまった」

と判断し、昨日2日(日)に新しいプリンターを購入してきました。

新しいプリンターを購入したことで妻は満足したようで、そもそもやりたかった作業については、

「ちょっと後回しにしてもOK」…

と判断。

購入したその足で、美川/小松方面へのドライブを楽しんできました。

 

上の写真は「安宅の関」。

遠くに、ミニコンサートを開いている方々が見えます。

ラテン系の音楽を趣味にしている方々のようで、私たちが行ったときは、一人の方が、スペイン語の歌(ボサノバ?)を自分が弾くギター一本で歌っているところでした。

(歌もギターもかなり上手でした)

歌っている方の他にも、楽器を抱えた方々が次々に集まってくる…という状況だったので、これからもっと盛り上がる感じだったんでしょうね。

私と妻は夕食の食材を買いにスーパーに行かないといけなかったので、歌が終わって拍手をしてその場を離れましたが、例えばサルサのような曲で盛り上がったシーンも見てみたい…そんな気がしました。

 

 

ドライブと買い物を終えて、楽しく自宅に帰ってきたのですが、頭のどこかに

「ちょっとした罪悪感」

があったりします。

 

「あー、ホントはピナレロに乗ることにしてたんだよね」

この週末の二日間、ちょっとバタバタしたこともあってロードバイクに乗れていなかったことを思い出しました。

 

しかし、まだ時間は少しある…

 

ということで、たった20分(ウォームアップ/クールダウンを入れても40分)でしたが、ピナレロでのローラーを行ってみました。

 

今週末の「しまなみ街道」へは、このピナレロで向かいます。

今回のピナレロでのローラーは、その事前準備…ということではありませんし、たいした運動/体慣らしにはなっていませんが、それでも

「とりあえず、ピナレロに乗った」

ということで、落ち着いて週末を迎えられそうです。

 

遠征に向けて持ち物の最終チェックも行いながら、万端怠りなく準備を進めていきたいと思います。

そろそろ本気…

今日は、5月17日(金)。

最近、仕事やプライベートや立て込んでいたことがあり、ライドはもちろん、ローラーのトレーニングもまったくできていません。

このため、ストラバにデータをアップすることがなくなり、フォローさせていただいている方々に「すごい!」をお送りすることもご無沙汰しています。

 

決算の処理も一段落し(「やっと一段落…」)、少しずつ以前の生活/仕事のペースに戻ってきました。

週明けからでも、ローラーでのLSDなど再開したいと思います。

 

一段落..はしたのですが、まとめた決算資料をお渡しした税理士事務所の先生からは、

「この日付の支払いはの中身は何ですか?」

「この日付の購入品は何ですか?」

「支払った費用の明細がありませんけど?」

…といった類の質問/確認メールがバンバン送られてきます。

 

「えーっ、渡した資料にちゃんとまとめて書いてあるし」

「レシート/領収書だって、すべて添付してあるじゃない」

そう思いながらも、もう一度見直してみると確かに抜け/漏れがあるんですよね、これが…

 

「あー、危なかった。”イラッ”とした文面のメールを送らなくて良かった」…

冷や汗をかきながら、すぐにお詫びの文章を添えて詳細を伝えるメールを返信。

そんなことが、まだ続いています…

 

 

「よーし、そろそろ本気を出して、トレーニングを再開するか」

そんな風に思ったりします。

 

しかしこの「本気」…というフレーズ。

自分を含めて、

「ちゃんとしたことができない」

ときの、言い訳のド定番ですよね。

我ながら、ちょっと情けないです。

 

「やらなければいけない」

お祭りの神輿を担いで、みんなでワイワイ楽しんでいるときであれば苦痛でもなんでもない。

でも、ちょっとでも義務感というか「やらされている」と感じると、同じことであっても途端に面倒くさくて苦痛を感じてしまう…

なんとも不思議な人間の心理。

 

「本気を出す」

というよりは、まずは基本に帰って

「楽しむ」

ことが大切なのかもしれません。

 

この際、「持久力、ヒルクライムのタイム、体重」なんかは置いておいて、まずは自転車に乗ることそのもの、「ライド」を楽しむ…

そんな ”原点” に帰ってみますか。