ページをめくる…

今日は、3月1日(日)。

先日お正月を迎えたばかり…と思っていた2026年(「2026 謹賀新年」)。

その2026年も、いよいよ今日から3月。

「少しずつ春が近づいてくる気配を感じる」…

そんな日々を迎えることになります。

 

除雪の雪が山積みとなっていた畑も(「一声かけて…」)

 

…跡形もなくとけてなくなりました。

 

そして、「シマノカレンダー」。

今朝、このカレンダーの1月/2月のページをめくり、3月/4月のページへチェンジ。

 

このカレンダーは、カッコいいロードバイク(レースシーン)の写真1枚に、2ヶ月分のカレンダーが記載されており、1年が6枚の写真でまとめられています。

なので ”ページをめくる” という行為を行うことで、

「月日が2ヶ月進んだんだな」…

ということを明確に認識させてくれます。

 

お正月を迎える1月。

季節が春に変わる3月。

大型連休(ゴールデンウィーク)を迎える5月。

夏休み間近の7月。

その夏休みが終わる9月。

紅葉を迎えると共に、新年まであと2ヶ月となる11月。

そして、また新年の1月を迎える。

 

こんな感じで、2ヶ月ごとに区切りをつけていく感じ。

これが私にとっては、なんとなく良い感じです。

 

 

カレンダーのページをめくる。

その行為を行いながら、心もページもめくる。

そして、新しい季節に向けて区切りをつけていく…

 

春を迎え、ロードバイクシーズンも本番。

「それに向けて、気分を切り替えていくぞ!」

そう思った、今朝の私でした。

締まっていくぞ!…

今日は、2月28日(土)。

今年 2026年は、この日で2月が終わります。

ついこの前始まったと思った2026年でしたが、もう 1/6 が終わってしまうんですねぇ。

いやー、つくづく月日が流れていくのは速い…

そう感じます。

 

この2月に、私の身近で起きたことの中で今思い出せることを書いてみると…

まずは、元豆柴 ”おこげ” の手術(「いやー、分かる〜…」)。

つぎに、飼い犬/飼い主の畑へのフン放置事件(「それ、犯罪ですよ…」)…からの、監視カメラ導入(「試験運用開始…」)。

そして、長男の自動車学校(「誰もが通った…」)。

こんなところでしょうか。

 

一方、世の中では、

衆議院選挙を前にしての、公明、立民の中革連(中道)結党。

つぎに、その選挙での自民党の圧勝/中革連(中道)の惨敗。

そして、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。

うーん、これ以外は思い出せないです。

 

この中でも、冬季オリンピックでのスノーボードとフィギアスケートの日本勢の活躍が印象に残っています。

とくに強く印象に残ったのは、

・フィギアのりくりゅうペア(木原龍一さん/三浦璃来さん)
・男子スノーボード ハーフパイプの平野歩夢さん
・スキー ジャンプ混合団体の高梨沙羅さん

の3人(組)です。

 

皆さんもご存知だったと思いますが、それぞれにこのオリンピックに向けてのストーリーがあった由。

それを知った上での観戦だったので、ちょっと ”グッとくる” ものがありました。

 

 

何だかんだと色々あったようだけれども、その2月も終わってしまう…

これ、私にとってはかなりのインパクト。

「そうか、もう1年の 1/6 が終わるのか」…

 

終わることばかりを書きました。

しかし逆に、明日からは年度の最後、3月が始まります。

とくに何かを意図している訳ではないのですが、年度の締めに向かって、

「よし、締まっていくぞ!」…

そう思った、今朝の私でした。

”とんち” のような…

今日は、2月27日(金)。

今朝、急にある歌が頭に浮かびました。

それは『巨人の星』のオープニング曲、”ゆけゆけ飛雄馬”。

 

🎵思い込んだら 試練の道を

 行くが男のど根性…

 

ところで、なぜこの曲が思い浮かんだのか?

それは…

私の姉の、子供のころのエピソードを思い出したから。

 

実は昨日、姉が訪ねてきました。

その際、父/母の話、祖母の話、お里(母の実家)にお泊まりに行ったときの話…等々、もう50年以上前のことを思い出し、2時間ほど話をしました。

そのことが頭の片隅に残っていて、今朝、ふと姉の子どものころのエピソードが蘇ったのだと思います。

 

 

姉も私も、巨人の星のアニメがリアルタイムで放送されていた年代。

ご多分に漏れず、姉も私も毎週楽しみに巨人の星を見ていました。

 

そのオープニング曲、”ゆけゆけ飛雄馬”。

上に書いた通り、歌い出しの歌詞は、

「思い込んだら」…

なのですが、姉はずっと、

「重いコンダラ」…

だと思っていたようで、あるとき私にこんな質問をしてきました。

 

姉:
”コンダラ” って、何か知っている?

私:
えーっ、何それ、分からない。
でも、それってどこで聞いた言葉?

姉:
巨人の星の歌の最初にあるよ、”コンダラ”。
”重いコンダラ” って…

私:
あー、それ。
でも、違ってるよ。
”重いコンダラ” じゃなくて、”思い込んだら”。

 

この話の後、姉と二人で ”コンダラ” という言葉を言い合いながら、大爆笑したことを思い出しました。

 

朝食を食べながら妻にその話をしていると、妻もこんな話をしてくれました。

妻が小学生のころのこと。

友だちと何かの話をしているときに、石川県知事の名前についての話題になりました。

そのころの石川県知事は、中西陽一氏。

なので、妻の友だちは、

「中西知事」

と言いました。

それを妻は、

「中に七時」

と理解してしまったそうな…

 

それ以降の、妻(小学生)とその友人との会話。

 

友人:
”中西知事” だよね。

妻(小学生):
えっ、”中に七時” ?

友人:
そう、”中西知事”。

妻(小学生):
”中に七時” って何?

友人:
”中西知事” は、”中西知事” !

妻(小学生):
(えーっ…”中に七時” だったら、”外に八時” ?)

 

小学生だった妻は、それ以上、その友だちに、

「”中に七時” とは、何を意味するものなのか」

を聞くことはできなかったそうです…

 

 

文字に書いてしまえば、勘違いすることもありません。

しかし、口から出た言葉を聞いただけだと、複数の解釈ができてしまうこともある…

子どものころに体験した、”とんち” のような面白さ。

それを思い出した、今朝の妻と私でした。

”良いこと” ばかりとは…

今日は、2月26日(木)。

高校もの卒業式を控え、このところ長い長い春休みに入っている長男。

彼は今、普通自動車免許(MT車)を取得するために、毎日自動車学校へ教習を受けに行っています(「誰もが通った…」)。

 

先日の投稿では、

「入校したのはいいけれど、教習の予約もろくにしていない」…

という趣旨のことを書きました。

しかし、いざ教習に行き始めると違ってきました。

 

予約していた初日の教習終了後に、翌日の教習枠に空きがあることを自主的にチェック。

元々翌日は1枠のみの予約で、ちょっと効率が悪い。

なので、彼はその空いていた枠を確保して、翌日は2枠を予約してきました。

それ以降、教習を受けに自動車学校に通うたびに空き枠をチェックして予約するようになリました。

受講枠を効率的に予約する工夫により、このところ開校されている日は、彼も毎日自動車学校に通うようになっています。

 

いやー、親バカかもしれませんが、これは大きな進歩ですね。

 

 

昨日 25日(水)の午後も、長男は自動車学校に通っていました。

晴れた日、彼は自転車で自動車学校に通うのですが、このところ、やや天候は不順。

このため、一昨日は妻に送り/迎えを頼んだ由。

 

ただし昨日は、受講する時間枠の関係から、お迎えが夕食前の時間になる…

ということで、私が長男のお迎えをするように、妻から頼まれていました。

 

受講終了の少し前に自動車学校の駐車場に到着。

そのまま長男が来るのを待っていると、ちょっと微妙な顔をして長男が車に乗り込んできました。

乗り込んできた途端に、

「今日は、講師の人に、ちょっと怒られた」…

と言います。

 

「おっ、そうか。どんなことで怒られた?」

私がそう聞くと、

「講師の人から、『自己流で操作するのではなくて、ちゃんと学科の本に書いてある内容を理解しておくように』って言われた」…

と、長男。

 

どうやら、車に乗ってから発進するまでの一連の操作手順が、自動車学校で教えている(教則本に書いてある)内容と、長男が行った操作手順が違っていたようです。

そのため、講師の方が長男に ”一連の操作手順” について質問をしたのですが、この質問に長男が上手く答えられず、そこを講師の方から指摘された…

と、こんな状況だったとのこと。

 

あー、確かに、決められた操作手順がありましたね。

(1)後方を確認してドアを開ける
(2)ドアを閉めたらドアロック
(3)座席位置の調整(ブレーキとクラッチのペダル)
(4)ルームミラーの調整
(5)シートベルト
(6)ブレーキ/クラッチを踏んでニュートラル&サイドブレーキ確認
(7)エンジンスタート
(8)ドアミラーの調整

そして、それに引き続いて発進は、

(9)安全確認
(10)発進の合図(右ウインカー)
(11)ブレーキ/クラッチを踏んだままギアを1速に
(12)サイドブレーキを解除
(13)再度安全確認
(14)アクセル/クラッチを操作してスムーズに発進

…と、こんな感じですかね。

 

シート位置の調整やら、ルームミラー&ドアミラー等の確認やら、エンジンスタートのタイミング…等々。

なんか、面倒くさかったような記憶があります。

 

まあ、それぞれの操作の順番が決められていることには、ちゃんとした理由があります。

その理由まで含めて理解をしているか…

そこですかね。

 

 

最近の自動車学校は、実際に車に乗る技能教習については、まさに自動車学校に行く必要があります。

しかし学科の講義を受講するのは、すべてネットで該当ビデオを見る形式になっているようです。

 

「この ”学科の講義方法の違い” が、理解度の違いに影響しているんじゃないか」…

昭和生まれの私は、

・決められた時間に教室で行う講師との対面講義

に比べ、

・自分の都合に合わせてスマホでビデオを見る講義

では、受講した内容が ”頭に残る度合い” が少ないんじゃないか…

そんな風に感じてしまいます。

 

 

IT技術/ネット環境の進化に伴って、どんどん世の中が便利になっていきます。

外に出なくても会議が開催できますし、講義を受けることもできます。

しかしこれって、”良いこと” ばかりなんでしょうかね…

 

IT技術/ネット環境の進化によって、いずれ車の完全自動運転が実現する社会が実現するでしょう。

それは世の中にとって ”良いこと” であることは間違いありません。

しかし、それが

「私にとって幸せか?」

という点に疑問を感じる…

そんなことを、以前の投稿に書きました(「それって幸せ?…」)。

 

 

色々な人が教室に集まって、講師の話を聞く。

いろんな人が受講していて、かつ対面の講義で、たまに講師の人が質問してきたりもする。

そんなこんなで、少し緊張もするけど、集中して講義を受けることができる。

その結果、内容が頭に残る度合いも高い…

でも、新型コロナが流行して以降、自動車学校の講義は変わってしまい、もう元に戻ることはないんだろうなぁ…

 

昭和な古い感覚なのかもしれません。

…が、ちょっと残念な気分になった、この日の私でした。

なぜ2月?…

今日は、2月25日(水)。

普通の月であれば、あと5日、あるいは6日間の余裕があります。

しかし2月は、今年のように閏年でなければ28日まで。

なので、今日を除くと、もう残りは3日しかありません。

 

ところでみなさん、

・他の月に比べてなぜ2月だけ短いのか?
・うるう年で増えた1日は、なぜ2月に割り振られるのか?

…そんな疑問を感じたことはありませんか。

 

平年は1年365日だけど、そのままだと季節の進み方と暦のズレが大きくなる。

それを調整するためにうるう年というものを設け、その年だけ、1年は366日となる。

その1日増えた日を、2月に割り当てている…

 

今まで私は、その程度の認識をしているだけで、

「なぜ2月なのか?」

という疑問を感じたことはありませんでした。

しかし、なぜか今朝突然に、上記の疑問がムクムクと湧き上がってきました。

 

そこで、ネットを色々ググってみると…

いやー、素晴らしい!

ちゃんと、その疑問に答えてくれているサイトがありました。

 

それはなんと、『国立天文台』のサイト。

そのサイトでの説明によると、2月だけ28日しかないのも、うるう年に2月の日数が変わるのも、

「古代ローマで使われていた暦では、1年の終わりが2月だったから〜」…

だそうです。

 

いやー、知りませんでした。

 

チ○ちゃんから、

「ボーッと生きてんじゃねーよ!」

と叱られそうですね。

 

国立天文台で説明してくれている詳細を引用すると…

>>>> ここから引用 >>>>
現在私達が使っている暦は、古代ローマの暦が元になっています。

紀元前8世紀頃のローマで使われていたとされる「ロムルス暦 」では、月は10しかなく、農業をしない冬の期間には月日が割り振られていませんでした。
いまの3月から12月にあたる月は、ロムルス暦の時代から存在していますが、いまの1月と2月にあたる月は、当時はまだありませんでした。

古代ローマの王、ヌマ・ポンピリウスが制定したとされる「ヌマ暦 」では、それまで使われていた10の月にIanuarius(英語のJanuary)とFebruarius(英語のFebruary)を追加しました。当時のFebruariusは現在のような「2番目の月」ではなく、一年の最後の月とされていました。

また、ヌマ暦では、それぞれの月の日数は29日か31日でした。これは、古代ローマでは偶数は不吉とされたことなどからだと考えられています。
しかし年末のFebruariusは例外で、28日しかありませんでした。
Februariusは祓いや清めの月であるため、不吉な数でも良いとされていたようです。

ヌマ暦では、1年の日数は355日しかありませんでした。
そのままでは季節と日付がずれていってしまうため、およそ2年に1度「うるう月」を入れていました。
うるう月の調整の際には、年末のFebruariusを23日か24日とし、その翌日から、27日間のうるう月を挿入していました。

しかし、政治的・経済的な混乱や戦争のためか、うるう月が正しく挿入されなかったことにより、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の時代には、暦が季節に比べて2ヶ月以上も進んでしまっていました。
カエサルは暦を改革し、平年を365日、4年に一度のうるう年を366日とする「ユリウス暦 」を制定し、紀元前45年から使い始めました。ユリウス暦では年の始めはIanuariusと定められ、Februariusは「2番目の月」になりました。

また、ヌマ暦で日数が29日だった月は、ユリウス暦では日数が30日か31日に変更になりました。
しかし、Februariusは日数を増やされず、ヌマ暦と同じ28日のままになりました。
これは、Februariusには宗教的な意味合いの強い祭礼が多くあったため、混乱を避けるために日数の変更を避けたためと考えられています。

こうして、それぞれの月の日数が現在と同じになりました。

 

 

ユリウス暦では、4年に一度うるう年を入れて1年の長さを調整します。

1年の始まりの月はIanuariusですが、Februariusが「年末」という意識は根強く残っており、カエサルはヌマ暦と同様に、Februariusをうるう年の日数の調整に使うようにしました。
このため現在でも、2月の日数を変えることで、うるう年の日数の調整をおこなっているのです。

ただし当時は、祭礼の日付変更を避けるために、2月24日を2回繰り返していました。
その後、うるう年には2月28日の後に29日を置くというやり方に変わり、現在に至っています。

注:昔の暦については正確にわかっていない部分もあり、まだどの説が正しいとは言い切れませんが、現在有力だと考えられている説を紹介しています。
<<<< ここまで引用 <<<<

 

 

そうなんですか…

暦(カレンダー)って、その時代の権力者が制定するほど大切なものだったんですね。

まあ、考えてみれば、農業生産(つまりかつての税)も含めて政治的なイベントは、すべて暦(カレンダー)に基づいて実施されますね。

しかもそれを、季節の移り変わりと同調をさせなければなりません(毎年同じ時期に、税=農作物の徴収を行う必要がある…)。

ただ、どうしても、

「季節と暦が少しずつズレていく」…

という ”天体運行の特性” に伴う問題が発生します。

その問題も解決できる暦(カレンダー)でなければなりません。

 

 

古くは天体観測…つまり天文学が、為政者が制定する暦(カレンダー)に直結していた。

その背景を知れば、『国立天文台』が、疑問点の解説ページを設けてくれている理由も、分かる気がします。

 

「天文学、つまり自然科学(物理学の範囲ですかね…)は、暦(カレンダー)…すなわち政治の基盤であった」

それをあらためて認識した、今朝の私でした。