フルスペックで…

今日は、10月13日(月)。

昨日 12日(日)は、私たちの地域の氏神さまである住吉神社の秋祭りで、町内では秋祭りイベントも開催されました。

秋祭りの行事には我が家の恒例行事もあり、秋祭り前日の11日(土)から、我が家は大忙しでした。

 

我が家の恒例行事とは、押し寿司と赤飯作り。

まずは、それらに必要な材料を買い出しに行きます。

それが終わったら、押し寿司用に新米一升3合を炊き、炊き上がったら桶にあけて寿司酢を合わせたら、出来上がった寿司飯を団扇でさましておきます。

 

夕飯を食べ終えて風呂に入り、日頃のやるべきことを、まずは終えておきます。

それから、妻と私で押し寿司を作成。

一つずつ押し寿司を作りながら、それを笹の葉で巻き、巻き終わった押し寿司(笹寿し)を型に、きれいに詰めていきます。

 

押し寿司は、

・下の面には、しめ鯖&生姜の千切り
・上の面には、紺のり&桜エビ

を乗せて、ひとつずつ2枚の笹の葉を使って包みます。

 

48切れの笹寿しを型に詰め終えたら、上蓋を乗せて、その上から重石でギュッと押します。

 

とりあえず、これで押し寿司の準備は完了です。

 

押し寿司作りが終われば、今度は赤飯の準備。

赤飯作りの準備は、

・まず小豆を一度煮てその汁をすて
・あらためて小豆を煮る

作業から。

あらためて煮たのち

・小豆はざるに上げておき
・煮汁の中には米を漬け込んで色をつける

という作業をします。

 

米に十分色がついたら、米と煮汁、そして小豆を炊飯器の釜に入れます。

このときの水加減(煮汁の加減)は、普通のお米の80%。

そして、翌朝5時に炊き上がり時間を設定。

これで前日の夜の準備はすべて完了。

 

ところで、秋祭りの際に我が家で作る赤飯は、1.8升。

これに対して、普段我が家で使っている炊飯器は一升炊きの釜。

そもそも、1.8升の赤飯を一度に炊くことは、我が家の炊飯器では不可能です。

加えて、炊飯器で赤飯を炊くときにはちょっとした制限があり、その釜の容量の上限の60%しか炊けません。

つまり我が家の炊飯器では、一度に6合までしか炊けません。

(無理やり一升の赤飯を入れてスイッチを入れることはできますが、美味しい赤飯を失敗せずに炊くには、この制限内にしておく必要があります)

このため、5時に第一弾の赤飯が炊き上がったら、すぐに二回戦/三回戦と連続して赤飯を炊く必要があるんですよね…

 

実は我が家には、押し寿司用のご飯を炊く二升炊きの炊飯器があります。

赤飯三回戦の手間を端折るために、この二升炊き炊飯器を、秋祭りの際に赤飯作りに使ったことがありました。

ただ、普通のお米を炊くときにはそうでもないのですが、容量の大きな炊飯器は釜内部の温度ムラが大きいようで、赤飯のときには、底が焦げてはいませんがその寸前になっていたり、場所により米の柔らかさに違いったあるなど、炊き上がりの状態はイマイチ。

桶に移す/しゃもじで全体を混ぜるなどをしてしまえば、私はまったく気にならないのですが、妻が、

「これでは、神輿の休憩時の振る舞い/親戚に配るとかの際には使えない」

と、強烈なダメ出し。

妻の評価があって以降、赤飯を二升炊きの炊飯器で炊くことはなくなりました。

 

ちなみに私の母は、炊飯器ではなく、セイロを使って赤飯を蒸して作っていました。

セイロで蒸した赤飯は、炊飯器で炊いた赤飯に比べて、

・すっくりしている
・しっかりした歯応えがある
・やや色が薄い

という違いがあります。

つまり、セイロで蒸した赤飯は、如何にも ”おこわ” という感じ。

セイロで作る方が手間がかかりますが、こちらにはこちらの良さがあります。

 

 

 

朝5時に起きた妻と私。

台所に立った私たちは、まず押し寿司の型を外します。

 

型を外した押し寿司は、笹に包んだままの状態で大皿に並べておきます。

そして、第一回戦で炊き上がった赤飯を桶に移します。

 

この段階で、妻は赤飯の第二回戦に突入。

私は町会イベントで行う餅つきの準備をするために、急ぎの朝食。

朝食は、作った押し寿司4切れ&赤飯一膳。

 

いやー、5年ぶりに食べた秋祭りの押し寿司&赤飯。

美味かったです。

 

 

こうして、秋祭り当日の忙しい一日が始まりました。

町会の秋祭りイベントは、近所の公園が開催場所。

その公園で、私は朝7時から設営を開始。

そして、朝9時半から実際に餅つきを始め、撤収を含めてすべてのイベントが終わったのが午後3時過ぎ。

 

前日も遅くまで準備をしていたこともあり、秋祭りが終わって家に帰り、シャワーを浴びて横になった…その途端に睡魔が襲ってきました。

午後4時からは、秋祭りのお世話をした方々での慰労会が開催され、私も参加してきました。

しかしあまりの眠たさで、私は5時前には帰宅。

そのまま早々に横になってしまいました。

ちなみに、慰労会は午後8時ごろまで続き、お世話をされた方々は、十分に疲れを癒すことができたそうです。

 

今年の秋祭り。

我が家の恒例行事は、5年ぶりに ”フルスペック” での実施となりました。

行事をフルスペックで行うと、準備だけでなく後片付けも大変で疲れ具合も段違い。

とはいえ、

「やっぱり、できるだけ続けていきたいなぁ」…

そう思ったこの日の私でした。

5年ぶりに…

今日は、10月11日(土)。

明日の12日(日)は、このあたりの氏神さまである住吉神社の秋祭り。

私たちの町会でも、町内にある公園で秋祭りのイベントが開催され、あわせて子供神輿が町内を巡行します。

 

私が子供のころは、秋祭りは曜日に関係なく10月15日と決まっていました。

しかし ”体育の日” が、10月10日から10月の第二月曜日に変わったころから、秋祭りの開催日は、体育の日の前日、つまり10月の第二日曜日に変わりました。

→ つまり、土曜日から始まる三連休のど真ん中、日曜日が秋祭りになりました。

 

父と母が亡くなってから、私の家族は、それまで住んでいた町会の ”隣の町会” に引っ越しをしました。

しかし元々住んでいた町会も住吉神社が氏神さまなので、秋祭りの日程は同じ。

(というか、こちらが元々の本町会で秋祭りイベントの中心…という立ち位置ですね)

 

この元々の町会は ”本町会” なので、大人の神輿が町内を練り歩き、神輿が神社に帰ったあとは、神社の境内で秋祭りイベントが開催されることになっています。

 

 

私が子供のころ、父と母は、町会の秋祭りとは別に、我が家の恒例行事を行なっていました。

それは、

・新米のもち米で赤飯を炊く
・新米で押し寿司を作る

というもの。

自分で作った新米のお米(もち米も)を使って赤飯と押し寿司を作り、家族はもちろん、親戚の家々にも配っていました。

 

私の代に変わってからは米作りをやめたので、自分で作った新米はありません。

しかしそれでも、その年の新米(もち米も)を買ってきて、それを使った ”赤飯”、”押し寿司” を作ることは続けていました。

 

ところが、新型コロナのパンデミックがあって以降、しばらく秋祭りは開催されない年が続く状況に。

それにあわせて、恒例の我が家の恒例行事だった ”赤飯&押し寿司” も中止となりました。

 

しかし今年は、これらを5年ぶりに復活させようと思います。

その第一弾として、今日の夜には、押し寿司を作って重石をすることになります。

5年ぶりに取り出した、”押し寿司” 作りの道具。

 

写真に写っているのは、向こう側から、酢飯を作る桶。

右側が、押し寿司全体を入れる型、そして底板。

左側は、押し寿司全体の蓋板、そしてひと切れ分の枠。

(押し寿司のひと切れは、”一切れ分の枠” ではかります)

 

”押し寿司全体の型” には4段の押し寿司を積むのですが、1段には

3 × 4 = 12切れ

を入れることができます。

つまり、この型一つで48切れの押し寿司が作れます。

→写真には1つですが型はもう一つあり、都合2つあります。

 

48切れの押し寿司を作るのに必要なお米は、一升三合。

その一升三合のお米を一度に炊くことができる ”二升炊き” の炊飯器。

 

これらはすべて、押し寿司を作るためだけに使う道具。

たとえ1年に一回だけしか使わない道具でも、それなりに理由があって持っている…

 

今回は1年に一回ではなく、5年ぶりに引っ張り出しました。

木製の道具は、まずはアルコールで道具全体を拭き、その後熱湯を掛けて、食べ物が触れる部分を徹底消毒。

炊飯器は、台所用の中性洗剤でしっかり洗う。

これだけやれば、まあ、大丈夫でしょう。

 

 

金沢で作る秋祭りの押し寿司は、下側にしめ鯖(細切りの生姜を添える)を使ったものが多く、我が家でも代々ずっと ”しめ鯖” の押し寿司です。

上側には紺のり&桜エビを乗せて、彩りよく整えます。。

1段目が完成したら、木の薄い板または笹の葉を敷いて、上に2段目を作る。

それを繰り返して4段の押し寿司を完成させます。

母が作っていたころは、木の薄い板を使った作り方で、4段の押し寿司を作っていました。

このため押し寿司ができたら、型から抜いて包丁で切り分け、切り分けた塊りとして大皿に盛り付けていました。

 

切り分ける方法は、

・横方向に3等分
・縦方向に4等分

としており、1段は12等分されることになります。

ただし、切り分けたとしても、1段目〜4段目は積み重なったままとなっているため、4段が積み重なった塊りとなっています。

ということは、盛り付けや食べるときも、4段がワンセットになっている塊り単位…という感じでした。

また、切り分けるのは3 × 4 の12等分ですが、具材のしめ鯖、紺のり&桜エビが、12等分のセンターにあるかどうかは、具材を置くときの丁寧さに依存しており、実際のところは分かりません

なので、しばしばセンターを外しているものがある…というような状態でした。

まあ、それもご愛嬌なんですけどね…

 

妻が作るようになってからは、各段を一気に作るのではなく、ひと切れずつ作る方法に変更。

”ひと切れずつ” というのは、

・押し寿司は ”ひと切れ” ずつで作り
・それを笹の葉2枚で包んだら
・それを型にきちんと並べていく

という方法。

このため、見た目はいわゆる ”笹寿し” という感じです。

 

こうすると、作るときにはとても手間がかかります。

しかし、出来上がった押し寿司は切り分ける必要はなく、型からひと切れずつ取り出すだけ。

また、”4段の塊り” 単位で食べる必要はなく、本当に笹の葉で包んでいる ”ひと切れ” ずつで食べられます。

また、必ず具材がセンターに来ています。

実は、これがとてもいいんです。

 

 

久々に作る押し寿司なので、今年は振る舞いには出さず我が家で食べるオンリー。

しめ鯖も、これまでは買ってきた鯖を妻が三枚におろして、自分で塩/酢で締めていました。

しかし今年は、すでに3枚おろし&酢でしめ済みの、冷凍のしめ鯖を購入して使うことにしました。

(やっぱり、アニサキスが怖いですからね…)

 

 

さて、5年ぶりの押し寿司、どうなるでしょうか?

結果については、乞うご期待!

明るい将来…

今日は、10月10日(金)。

昨日 9日(木)は、とくに用事があった訳ではないですが、いつものスポーツサイクル・イシノさんに、夕方からフラッと寄ってみました。

 

店内にはイシノさん親子2人だけで、私の他にお客さんはいない模様。

とくに何も買わなかったので、まあ、私も、”お客さん” ではありませんけど…

 

正面入り口ではなく、自転車整備スペース側の扉を開けて、

「こんにちは…って、とくに何かある訳じゃないですけど」

と、お決まりのセリフを言いながら中に入りました。

 

お店に入ったら、まず最初に、お義父さんが乗らないことに決めた電動アシスト自転車(「”お助け” 自転車…その2」)の件についての話しをひとしきり。

 

「自宅の周辺を走っただけだからかもしれないけど、スタート時以外は、あまりアシストを感じられなかった」…

それを伝えると、さすがイシノさん、ちゃんと理由を教えてくれました。

「あー、そうですね。ペダルにトルクセンサーが仕込まれているので、ペダルを踏んでトルクをかけないと、そもそもアシストされません。なので、スタートや坂道じゃない一定速度では、アシストを感じることはないかもしれませんね」

そうだったのか。

 

それから、航続距離の話し。

「弱(エコモード)で、やっと70kmほど。先端大を上り、軽海から鳥越を抜けるルートだと、アシストを強にしないといけないだろうから、航続距離としてはちょっと厳しそう」…

これについても、こんなアドバイスをくれました。

「先端大や国道360の坂道でも、強ほどじゃないにしてもアシストは効きますから、弱(エコ)でかなり上れると思いますよ」

ほー、これはぜひ試してみないと…

 

 

そんな話をしていると、なぜか話題が若い人たちの結婚観に移っていきました。

その中で、私の感じていることを話してみました。

 

私が社会に出て、大都会の横浜/千葉で働いていたころの後輩には、男女を問わず、今でも独身を謳歌している人が多い。

一方、Uターンで帰ってきた、大都会ではない金沢では…

大都会ではなないけれど、金沢でも、現在は結婚という選択をしない人は少なくない。

結婚したとしても入籍して一緒に暮らし始めるだけで、結婚式/披露宴を行わない、行なったとしても両親との食事会だけ、あるいは式場やホテルではなく普通のレストラン等で小規模で行う…ということが普通になってきた。

また新婚旅行に行かない、行ったとしても入籍や結婚式/披露宴から半年以上遅れて(それって新婚旅行か?…)ということもしばしば。

 

そんな中、自分の子供たちを見ると、長女/次女はいわゆる ”お年頃”。

お付き合いをしている彼氏がいてもおかしくないが、どうもそれは無さそう。

休みの日には、自分の趣味の楽器を演奏したり、 ”推し” のグループの動画/DVDを見たり、ライブに行ったりグッズを買ったりして楽しんでいる。

 

やっぱり、恋愛や結婚に対する考え方が変わってきたのかなぁ…

そんなことを感じる。

 

 

一方、イシノさんも私と同じようなことを感じている…とのこと。

 

戦後の高度経済成長期は、

「明日は今日よりいい日になる」…

そんな漠然とした希望があったように思います。

しかしバブルが弾けリーマンショックを経て、世の中は、それまでにないほどの不景気になってしまいました。

そのころから、学生や社会人になりたての人たちは、自分の将来に希望を感じることができなくなってきたんじゃないでしょうかね。

今の若い人たちも、希望ではなく不安を感じているから、自分のことに一生懸命。

だから、”恋愛/結婚/子育ては面倒だ” と感じてしまうのかもしれません。

 

 

なるどほど。

その通りだと、私も思います。

 

 

「希望ではなく不安」。

そんな暗いイメージが広がる現在の日本。

その日本を動かしている政府与党の自民党では総裁選が実施され、初の女性総裁が誕生しました。

少数与党とはいえ、衆議院/参議院ともに第1党の自民党。

そのまま行けば新総裁は首班指名を受け、日本初の女性主将の誕生となるでしょう。

 

色々なご意見はあるでしょうが、私は、

「新総裁/新首相は、これまでの政府とは違い、何かやってくれるんじゃないか」

そんな期待をしています。

 

日本に広がっている漠然とした不安を払拭し、若者にも明るい将来が想像できる。

そんな ”希望” をもたらす施策/政策を是非とも実施してほしい…

心からそう願います。

”お助け” 自転車…その2

今日は、10月9日(木)。

昨日 8日(水)は投稿で述べた通りお、義父さんが所有していた電動アシスト自転車を、我が家に引き上げてきました(「”お助け” 自転車…」)。

 

お義父さんはなかなかに几帳面な方で、この自転車も玄関内保管。

なかなか綺麗な状態です。

 

持ち上げると、我が家にある普通のシティーサイクル(いわゆるママチャリ)よりもズッシリ重い感じ。

ネットの情報をみると、バッテリー込みで23kgほどあるようです。

 

さっそく電源を入れてみました。

 

アシストの強さは ”強、中、弱” の3段階あるのですが、電源投入直後は、中の ”標準” 設定となります。

 

そこからアシストの強さを上下のボタンで切り替えることができます。

下のボタンを押すと、弱の”オートエコ”。

 

上のボタンを押せば、強です。

 

 

アシストの設定を強にした状態で、ちょっと外を走ってみましたが、一定のスピードで走っている状況では、私が予想していたほどアシストの力を強く感じることはありませんでした。

ただしスタートの漕ぎ出し時点のアシストは、かなりのもの。

「なるほど。電動アシストは、スタートや上り坂でこそ真価を発揮するんだな」

そう感じました。

 

フル充電状態での航続距離ですが、カタログでは以下のようになっています。

アシスト 航続距離
 強   46km
 標準  55km
 エコ  76km

なるほど…

街中での買い物に使うなら、アシストの設定を強や中(標準)のまま乗っても問題なさそうです。

しかし、走行距離が50kmを超えることが多いツーリング/ライドで使うなら、状況に応じてアシストの強さを切り替える必要がありそうです。

 

いつもの ”天狗橋→先端大→軽海→鳥越→鶴来” コースの場合、走行距離は63kmほど。

電装アシストを弱(エコ)のまま走り続けるのであれば、カタログ上はこのコースを走り切ることはできそうです。

しかしそれでは、ヒルクライムポイントや長い上り坂で、自転車の重さに負けてアシストのパワー不足を感じそうな気がします。

かといって、強や中(標準)で走り続けてしまうとバッテリーが持ちません。

つまり、これに乗ってライドにいくのであれば、アシストの設定は、

・平坦部分では弱(エコ)として
・先端大等のヒルクライムでは強
・国道360号で鳥越に向かう坂は中(標準)
・下り坂では電源を切る?

など、状況に応じたアシストの切り替えを行なって、無駄なバッテリー消費をしないようにする必要がありそうです。

 

 

電動アシスト自転車も、バッテリーが切れてしまえば、”無駄に重いだけのシティーサイクル” になってしまいます。

そうならないよう、

・ライド前はバッテリーのフル充電
・ライド中は小まめなアシスト設定の切り替え

に留意する必要があります。

これらに気を付けて、電動アシスト自転車でのライド/試走に行ってみたいと思います。

”お助け” 自転車…

今日は、10月8日(水)。

昨年4月の投稿で、お義父さん(妻の父)が電動アシスト自転車に乗って買い物に行っていることを書きました(「石橋を叩いて…」)。

 

お義父さんが電動アシスト自転車を購入したのは、そもそも90歳近くになってから。

普通に考えると、どんなに贔屓目に見ても、体の反応やバランス感覚が衰えているハズ。

転んだり、ましてや交通事故に遭うリスクなどを考えると、自転車に乗るのはやめておいた方が良いと感じます。

しかしこのときは、子供たち…妻、そしてお義兄さん(妻の兄)の反対を押し切り、ヘルメットを購入。

そして、劣化したバッテリーを買い替る…というように、お義父さんは、その電動アシスト自転車に乗り続けることを押し通してきました。

 

 

お義父さんが住んでいるのは、小立野台。

金沢にお住みの方ならご存知だと思いますが、小立野台は、どこに行くにも坂道が多いところ。

そこを電動アシストの ”お助け” を受けながら、行き帰りにある坂道をものともせずに買い物に出掛けていました。

 

しかしそのお義父さんも、齢98歳を迎えた今年になり、いよいよ自転車に乗ることをやめる決心をした模様。

「手元に自転車があると、また乗ってしまうかも」…

という妻の心配もあり、近く、その自転車を引き取ってくることにしました。

 

 

電動アシストとはいっても、今はやりのオルベアやトレックのロードバイクではなく、ブリヂストンの純粋シティサイクル(いわゆるママチャリ)。

ただし電動アシストのママチャリ。

その実力は、侮り難いものがあります。

バッテリー容量と、アシストの強さ/航続距離の関係にもよりますが、比較的短距離であれば、ヒルクライムポイントを含んだロードバイクでのライドコースにも、

「十分対応できる実力がある」

と思われます。

 

 

フワフワで座り心地の良いサドル。

思いっきりアップライトのライド姿勢。

どれだけでも荷物が乗せられる荷台。

そして、電動アシストで上り坂もヘッチャラのペダリング…

うーん、魅力的です。

 

”お助け” 自転車は、今後お義父さんのもとを離れ、我が家で活躍することになります。

いつか私も、先端大からの軽海&鳥越コースを走る機会を設け、その実力を試してみたいと思います。